金紋秋田酒造について

ご挨拶

新しい味覚世界の探求へ。

うまい日本酒は「熟成」にあり。 金紋秋田酒造(株)が現在の組織となったのは1973(昭和48)年。県内の酒造会社と卸業社の出資によって誕生しました。しかし私たちの酒造りは、その中心となった秋田冨士酒造店の創業である、1936(昭和11)年にさかのぼります。

往時から今日まで連綿と伝わる銘柄は、「秋田富士」。これは秋田と山形にまたがる東北第2の高峰鳥海山の、秋田側からの呼び名です。米どころ秋田平野をうるおし、古来山岳信仰の対象としても知られた秋田富士の名は、県下はもとより秋田を離れて暮らす人々にも特別の意味を持っています。

戦後復興が急ピッチで進められた昭和20年代から30年代。秋田の多くの人々は、移住や出稼ぎで北海道の炭鉱に仕事を求めました。秋田富士は、そうして「黒いダイヤ」を掘り出す現場で働く秋田県人たちから、絶大な支持をいただいたのです。
もともと明治以降、数多くの秋田人が北海道開拓のために津軽海峡を渡りました。石狩川の治水工事などでは、勤勉で堅実な秋田人は信用人夫といわれ、その働きぶりにはひときわ定評があったといいます。
ふるさとを離れて厳しい労働に明け暮れる人々に、秋田富士の名と味わいは、何ものにもかえがたいものがあったのではないでしょうか。先代社長は、北海道の卸企業と共に、炭鉱街の酒販店をくまなくまわったものでした。

そしていま金紋秋田酒造では、熟成古酒と北海道のさまざまな食材との組み合わせによって、食の世界との関わりを広め、いっそう深めようとしています。
発想を一歩進めれば酒造りとは、日本酒単体の味覚評価だけにとどまらない、新しい味わいの世界の探求にほかなりません。日本酒の根源をしっかりと踏まえながら、私たちは、熟成古酒というほかにまねのできない旨味を抱く日本酒によって、さらなる未知の地平へのブレイクスルーを求めてやみません。

代表取締役 佐々木孝

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